魔法活動に対する国家管轄権行使についての予備的検討

論文

1. はじめに

 本稿では、魔法活動に対する既存の国家管轄権行使の可能性について検討を行う。自然科学分野の一領域をなすようになった魔法科学を用いた魔法活動は、既存の国際法規則にどのような影響を及ぼすのか。魔法活動を想定する条約および慣習国際法1が未だ存在しないことは、改めて指摘するまでもない事実である。しかし魔法もおよそ人の営為であることに変わりはなく、魔法という要素が付け加えられても、そのことが各種の活動を直ちに既存の法の規律から免れさせるとは考えにくい。
 法が適用される事実たる魔法自体が、未だ科学として初期段階にある。事実に応じて法もまた変わりゆくため、この検討自体が時期尚早であるとの指摘も考えられる。しかし社会にとり、法の欠缺やそれに伴う裁判不能(non liquet)は避けられるべきところ、魔法活動に伴う法的問題のうち、どこまで現行法(lex lata)が及び、また及ばないのかということの把握は、現状認識としても、またあるべき法(lex ferenda)のためにも重要である。
 魔法活動について、統一的な定義は未だ確立されていない。本稿では、比較的広範に受容されつつある「魔法能力を有する者が、自ら、または機械を通して、物理的または魔法的帰結をもたらす呪文(魔法式、あるいは単に式とも)を、自己の外部に投射する」という定義を採用する。魔法技術は日進月歩で発展しているため、本稿では個別具体的な魔法活動やそれに関連する実定国際法規則の解釈には踏み込まず、上記魔法活動の定義を軸に、既存の国際法の枠組みを類推した規律の可能性について検討するに留める。

2. 魔法活動と国家主権原則

 魔法活動への国家管轄権行使の可能性を検討するに当たり、その出発点となるのは国家主権原則であると考えられる。グローバル化や非合意法形成2の出現など、国家主権の相対化が指摘される今日ではあるが、地球上に国家を超越する超国家的(supranational)な実体を看取することは未だできない。主権国家が併存する分権的な国際(international)社会に、我々は生きている。そのため国家がその国内において最高であり(対内主権)、また対外関係において他国との関係で平等であり独立であることの根拠(対外主権)である国家主権原則の適用可能性の検討が重要となる。
 魔法活動に対する国家主権原則の適用可能性の検討にあたり、「魔法能力を有する者」という要件に注目する。仲裁人Max Huberが、パルマス島事件仲裁で「国家間における主権は、独立を意味する。地球の一部分における独立とは、他国を排して領域内で国家機能を行使する権能である」と3説示したように、国家はその領域内で排他的に主権を行使するが、そのコロラリーとして、国家はその領域を他国の権利を損なうように使用させない義務もまた負っている(領域使用の管理責任)。魔法という語は非物質的な印象を与えるが、その開始において自然人という物理的存在に紐づけられているのであり、やや直感に反するものの、このような属地主義的な把握に馴染む。
 非物質的な現象・活動に対して法の規律を及ぼそうとする同様の手法として、サイバー空間に国家主権原則が適用されることを示した『サイバー行動に適用される国際法に関するタリン・マニュアル2.0』(以下、「『タリン・マニュアル』」という。)4が挙げられる。『タリン・マニュアル』は、サイバー空間に国家主権原則が適用される根拠として、サイバー空間の構成要素(物理(ハードウェア等)、論理(アプリケーションソフト、データおよびプロトコル)ならびに社会(サイバー行動に従事する人や集団)層)が、いずれかの国家領域内に置かれるという属地性を挙げている(規則1)5。そして『タリン・マニュアル』は、サイバー活動に対する国家主権原則の適用から、管轄権行使に関する各種の規則、主権免除原則、「相当の注意」義務原則、武力行使禁止原則および不干渉原則などの、重要な国際法原則および規則もまたサイバー活動に適用されること、サイバー活動がこれら原則および規則の違反や主権侵害を構成しうることを肯定する6
 しかし、『タリン・マニュアル』のように、サイバー活動を一般国際法の延長として構成しようとする向きに対しては、サイバー活動を、サイバー空間の特性に応じた特別法の問題として捉える立場からの批判もある。この立場からは、サイバー活動に伴う主権原則は、国家活動を制約するほど個別具体的な規則を形成するに至っていないことや、ローチュス号事件判決で示された、主権に対する制約を推定することはできないという主権残余原理7に基づき、国家主権原則は禁止規範としてではなく、むしろ許容規範として機能すると主張される8。イギリスの法務総裁も、サイバーと国際法に関する同国の立場を表明する演説において、「他国の同意なしに他国のコンピュータ・ネットワークに関して、サイバー独特の『領域主権の侵害』の規則が存在すると主張する向きもある。もちろん主権はルールに基づく国際システムの根本を成すものである。しかし現在のところ、この一般原則から、干渉の禁止を超える具体的な規則や追加的な禁止を推定することができるとは説得されない。したがってイギリス政府の立場は、現行国際法の問題として、そのような規則は存在しないというものである」と述べた9。魔法活動についても、同様の論理から、魔法活動に関して国家主権原則は適用可能な個別具体的規則を提供していないため、サイバー活動が主権侵害を生ぜしめうることについて否定的な見解が示されることになる。
 サイバー活動を一般国際法上で把握するか、サイバー活動の特質を反映した特別国際法の問題として把握するかに起因する議論は、魔法活動においても十分起こりうる。魔法科学の発見は、現代科学に広大なフロンティアをもたらした。魔法科学自体による、あるいは既存科学技術と魔法科学の組み合わせによる社会変動は、複雑に絡み合った各種の利害関係を巻き込んで対立を惹起するものであり、国家政策もそこに否応なく巻き込まれるためである。
 サイバー活動についても、アメリカおよびイギリスとフランスのそれぞれから異なる見解が示されている。イギリスは諜報活動先進国として主にサイバー諜報活動を念頭に置いて、サイバー活動による主権侵害の成立に否定的であることが指摘されている10。アメリカも、イギリスほど旗幟を鮮明にしているわけではないものの、国家による対外的サイバー活動が、平時の諜報活動11のように国際法上許容される場合がある旨示唆しており12、「外国領域内のコンピュータやその他のネットワーク機器へのリモートのサイバー行動は、それ自体違法なわけではない」との見解を示している13。他方でフランスは、サイバー活動による主権侵害の可能性を肯定するのみならず、自国システムに対する「影響(effets)」のみで主権侵害を構成するという、非常に低い閾値を設定している14
 サイバー活動をめぐる国際法上の議論では、サイバー空間における攻撃防御の、また諸国間におけるサイバー能力の非対称性が、議論の主軸となっている。魔法活動に関する最初の実定法が、魔法活動に対してどのような態度をとるのかは不明であるが、その法形成過程において、議論の構造にデジャヴを覚えるであろうことは想像に難くない。

3. 国家領域外の魔法活動に対する空間的把握の限界

 魔法活動に関する現行国際法規則の適用に関して、現在のところ前章以上の事柄について確信をもって述べることはできない。そこで本章では、国家領域外の魔法活動に対する国家管轄権行使についてのあるべき法(lex ferenda)の方向性について、若干の検討を行う。
前章では、魔法活動に対する国家主権原則の適用を、魔法活動の属地性から肯定したが、そこには魔法発動者がいずれかの国家領域内(領土、領海または領空)に所在していることが措定されていた。魔法発動者が自国の国籍を有している場合は、属人主義に基づく管轄権行使が可能であるが、国家と魔法発動者の間にいかなる法的紐帯もない場合も当然起こりうる。
 国家領域外における国家管轄権行使の在り方は多々あるものの、国家領域内との対比として、やはり空間的な把握が想起される。海洋法はその代表例であろう。「海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)」は、海洋に関する諸事項を包括的に規律している「海の憲法」であり、主に沿岸からの距離に応じて領海、接続水域、排他的経済水域(EEZ)および大陸棚といった、沿岸国の海洋管轄権が及ぶ各種の海域を設けている。また領空を超える公海上空についても、諸国は専ら安全保障上の要請から、「防空識別圏(ADIZ)」を設けている。その範囲こそまちまちであるが、領空に隣接する公海上空を空間的に把握することで、その範囲内から自国領空に向かって飛行する一定の航空機の動向を把握しようとしている点で、諸国の実行には一致がみられる15
 魔法活動を想定する条約および慣習法の不存在はすでに指摘した通りであるが、国際社会においては、国家自身が立法者としてその余白を埋め合わせようとする。ある国家実行が、当初は国際法違反であると非難されても、その実行に諸国が追随して慣行を形成し、やがて法的確信を伴うようになれば、慣習法が成立する。また国家実行が呼び水となることで、――困難な交渉が予想されるものの――多数国間条約の成立も期待できるところである。「領土を基盤とする唯一の国際法主体(領土団体)」16である国家が、その権限行使の基盤として空間的安定性を希求することは、国家管轄権の域外行使においてよく見られる現象である17。国家領域外での魔法活動に対する国家管轄権行使をめぐる新たな国際法も、空間的規律を主として形成されていくのだろうか。
 本稿は、これに対して否定的な見解を示す。「はじめに」で示された魔法の定義を確認すると、国家領域外での魔法活動に対する空間的把握の限界が明らかになる。魔法の定義のうち、「呪文の投射」要件は、プログラミングに似ていると言われることがある。すなわち、物理的または魔法的帰結をもたらすよう意図された呪文を、世界に「書き込む」ことが、「投射」という学術的表現に置換されているのである。この「書き込み」=「投射」は、魔法発動地点と魔法の結果との間に、経路を発生させない。呪文それ自体に結果を発生させる座標が記入されており、結果はその座標に直接発生するのである。このプロセスには、単に2つの点が存在するのみであり、両点の間に距離的な制約はないとされる18。人間が海洋または空を利用するために用いられる船舶および航空機は、空間内を物理的に「移動」するために、それらに対する国家管轄権が容易となっている。また、前章で参照したようなサイバー活動ですら、アクセス履歴という形で、原因と結果の間に――困難な場合こそあるものの――追跡可能な痕跡を残すのである。しかし魔法の場合、結果から原因を辿ることができない以上、国家が魔法版ADIZのようなものを設定したとて、実際上の効果が見込めないのである。
 かかる原因と結果の不連続性/遡及不可能性は、これまでの物理現象にはない特性であり、国家領域外の魔法活動に対する空間的把握を著しく困難なものとする。ここに、魔法活動に対する現行法による規律の限界を認めることができる。そして魔法活動のこのような特性は、それに応じた特別の(sui generis)法制度を要求する有力な根拠となるだろう。

4. むすびに

 魔法という「事実」が国際法にどのような影響を及ぼすのかは依然として未知数である。新たな事実が法に与える影響として、現行法の適用範囲の拡大をもたらす場合と、規律する法の不存在のために法創造の必要をもたらす場合とが挙げられる。本稿では、魔法の定義との関係における国家主権原則を前者、域外への管轄権行使を後者に位置づけて、若干の予備的考察を行った。
 本稿の射程は非常に限られているものの、魔法活動と国際法に関する今後の議論に何らかの示唆を与えることができれば幸いである。

【註】
1 国際慣習法、単に慣習法とも。締約国しか拘束しない条約と異なり、すべての国家を拘束する。国家の一般的慣行(general practice)に法的確信(opinio juris、法的信念とも)が伴うことで成立する。See North Sea Continental Shelf (Federal Republic of Germany/ Denmark; Federal Republic of Germany/ Netherlands), Judgement, I. C. J. Reports 1969, p. 44, para. 77.; See also Draft Conclusions on Identification of Customary International Law, Report of the International Law Commission, Seventieth session (A/73/10), (2018), p. 2. (Conclusion 2: To determine the existence and content of a rule of customary international law, it is necessary to ascertain whether there is a general practice that is accepted as law (opinio juris).)

2 国際法形成における非合意法形成に関する研究として、小栗寛史「国際法の形成における国家の同意の役割──国家の同意は衰退したのか?──」『社会科学研究』68巻1号(2017年)51-86頁参照。

3 Island of Palmas Case (Netherlands/United States of America), (1928), R. I. A. A., Vol. 2, p. 838.

4 Tallin Manual 2.0 on the International Law Applicable to Cyber Operations, (Cambridge University Press, 2017)〔hereinafter: Tallin Manual 2.0〕. 『タリン・マニュアル』の邦語解説として、中谷和弘・河野桂子・黒﨑将広『サイバー攻撃の国際法――タリン・マニュアル2.0の解説』(信山社、2018年)。

5 Tallin Manual 2.0, supra note 4, pp. 11-13.; 中谷・河野・黒﨑『前掲書』(注3)5頁(河野桂子)。

6 Tallin Manual 2.0, supra note 4, pp. 11-12.; 中谷・河野・黒﨑『前掲書』(注3)5頁(河野桂子)。

7 S.S. Lotus (France v. Turkey), 1927 P. C. I. J. (ser. A) No. 10, (September 7), p. 18.

8 サイバー空間における主権原則の解釈枠組みに関する議論について、黒﨑将広「サイバー空間における主権――その論争が意味するもの」森肇志・岩月直樹編『サブテクスト国際法――教科書の一歩先へ』(日本評論社、2020年)34-43頁参照。ただしこの立場からも、サイバー活動による武力行使禁止原則や不干渉原則の違反は観念されることになる。

9 Attorney General’s Office and The Rt Hon Sir Jeremy Wright KC MP, Cyber and International Law in the 21st Century (23 May 2018), available at https://www.gov.uk/government/speeches/cyber-and-international-law-in-the-21st-century. 本稿におけるインターネット上の資料への最終アクセス日は、2023年4月9日である。なおこのスピーチは、サイバー活動と主権侵害に関する議論を活性化させる1つの契機になったと指摘される(御巫智洋「インターネットの利用に関する国際的なルールにおいて領域主権が果たす役割」『国際法外交雑誌』121巻1号(2022年5月)6頁)。
 サイバー空間への既存の国際法の適用可能性に関する、国際連合(国連)事務総長が任命した専門家からなる「国際安全保障の文脈における情報通信分野の発展に関する政府専門家グループ」(GGE)の議論について、同論文7頁以下参照、また赤堀毅「サイバーセキュリティと国際法――第6次国連政府専門家グループ報告書の成果を中心に――」『国際法外交雑誌』120巻4号(2022年)25-51頁参照。

10 黒﨑「前掲論文」(注8)40頁参照。

11 諜報活動(espionage)を請求権から派生する弱い自由権として把握した上で、その行使が一定の正当事由による場合に正当化されると論じるものとして、Asaf Lubin, The Liberty to Spy, Harvard International Law Journal, Vol. 61, No. 1, (2020), pp. 185-244.

12 Office of General Counsel of the Department of Defense, Department of Defense Law of War Manual, (2015; updated December 2016), p. 1016, §16.3.2.

13 Official compendium of voluntary national contributions on the subject of how international law applies to the use of information and communications technologies by States submitted by participating governmental experts in the Group of Governmental Experts on Advancing Responsible State Behaviour in Cyberspace in the Context of International Security established pursuant to General Assembly resolution 73/266, UN Doc. A/76/136, p. 140.

14 Ministère des Armées Français, Droit international appliqué aux operations dans le cyberspace, (2019), https://www.defense.gouv.fr/sites/default/files/ministere-armees/Droit%20international%20appliqu%C3%A9%20aux%20op%C3%A9rations%20dans%20le%20cyberespace.pdf , p. 6.

15 しかしADIZに国際法上の根拠がないことは意識されなければならない。国連海洋法条約、は領海より外側の海域上空に対する沿岸国の管轄権を認めていないため、同空域には公海自由原則から導かれる公海の上空飛行の自由がある(国連海洋法条約87条1項(b))。そのためADIZは公海自由と緊張関係に立つ。ADIZに対して国際法違反との抗議がなされていないのは、安全保障上の必要性に加えて、諸国のADIZの公海自由に対する制約が弱いために黙認されているにすぎない。

16 山本草二『国際法(新版)』(三省堂、1994年)270頁。

17 一例として、海洋法における「忍び寄る管轄権(creeping jurisdiction)」がよく知られている。沿岸国は、より遠くの海域に対して、またより主権に近い安定した管轄権行使を図ろうとする傾向にある。See Donald Rothwell and Tim Stephens, The International Law of the Sea (2nd edition), (Hart Publishing, 2016), p. 19.; Barbara Kwiatkowska, Creeping Jurisdiction beyond 200 Miles in the Light of the 1982 Law of the Sea Convention and State Practice, Ocean Development and International Law, Vol. 22, No. 2, (1991), pp. 153-188.; Bernard Oxman, Territorial Temptation: A Siren Song at Sea, American Journal of International Law, Vol. 100, No. 4, (2006), pp. 830-851.

18 魔法発動者の体力等の付随的制約は発生しうるものの、呪文における座標指定それ自体に制限はないことが指摘されている。

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